リゼロ外伝『赫炎の剣狼』前編中編後編ネタバレ考察|剣奴孤島ギヌンハイブの反乱と8年前のアルとプリシラ

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今回は月刊コミックアライブ2020年10月号、2020年12月号、2021年5月号、2021年6月号にて掲載された『Re:ゼロから始める異世界生活』の外伝小説『赫炎の剣狼』前編・中編・中編2・後編についてご紹介します。

この話は7章を見る上でよりヴォラキア帝国について理解が深まる話だと思いますので、参考にしてみてください。そして王戦が始まる前の話で現在の時系列から8年前の話になります。

リゼロ外伝小説ネタバレ
ゼロカラカサネルイセカイセイカツ アポカリプスガールズ
剣鬼戦歌 紅蓮の残影
赫炎の剣狼 Sword Identity
EX4最優紀行 Golden Sibilings
オルコス領の赤雪 魔女のアフターティーパーティ
氷結の絆 ゲーム偽りの王戦候補
目次

「赫炎の剣狼」のネタバレ

剣奴孤島

ーー全ての人間にとって自分を命と関わらない殺し合いは娯楽である。極端な意見だが、自分の置かれた状況からすれば笑い飛ばせない説得力がある。頭上から降り注ぐ熱狂を帯びた歓声を浴びながら硬い床を後ろへ転がる。無様な逃走に歓声は罵声に変わるが知ったことではない。「こちとら命がかかってるんでな…っ!」

右手に握った身幅の厚い剣を正面へ向ける。血色の悪い禿頭の男が両腕を下げ嗤う。男は人間の腕を毒に浸し続け死なない程度に蓄えていた。やがて毒は爪に宿り掠めただけで相手を殺す武器となる。男の手は毒手だった。「どっかおえらいさんの暗殺にしくじったシノビなんかかね」シノビとは極限の鍛錬と人智を超えた人体改造をその身に課して完成する暗殺者。どういうわけかこの場にいる以上囚われの身なのだろう。

なぜならこの場所は「ーー剣奴同士を戦わせる悪趣味な場所、剣奴孤島ギヌンハイブだからな」剣の奴隷と書いて剣奴、それが戦う2人の身分であり日々多くが血を流し命を落とすことになる底辺の存在の総称。それを観戦する悪趣味な観衆ーー帝国民達の血肉の飢えを満たす絶好の場。苛烈な姿勢を貫く神聖ヴォラキア帝国において、なくてはならない悦楽の地。

「だからって俺たちが弄ばれるってのは楽しくねぇや」重たい刀剣を片手に握ったままそう呟いて立ち上がる。本来なな右手を助けるはずの左手が失われている。長くざんばらに伸びた髪を頭の後ろで結び、凶悪な目つきで相手を睨むのは隻腕の男。もっとも腕をなくしたのはもうずいぶんと前でそのバランスの悪さにも慣れたつもり。とはいえ今日のような神経を使う相手には重荷に感じることも多い。

「そんなわけでなるべく長引かせたくねぇんだ。どうだい、シノビっぽい兄さん。俺と示し合わせて没収試合といかねぇ?」「話は簡単だ。このまま俺が逃げ続けると観客もオーナーも焦れてテコ入れの為に魔獣が投入されて敵がお互いじゃなく魔獣になるはずだ」そう持ちかけるもシノビは取り合わず攻撃してくる。右手の毒手を躱し、旋回する相手の足へ刀を合わせた。どす黒い血が噴出しそれをわずかに浴びてしまい、せめて血には毒は混ざっていてくれるなと思いながらーー、「運が…いや、星が悪かったのさ」そう言われ敗北を信じきれない男の首が高々と上がった。

剣奴女帝ホーネット

「今日も危うい勝ち方だったなぁ」「やー、オレも危なくない勝ち方できんならそれが一番だぜ?でも三十路過ぎで片腕のオッサンにはこの泥臭い戦いが精一杯だっての」闘技場をあとにして通路に戻った所を看守の一人のオーランが出迎える。剣奴に対して横暴な態度の者が多い中、友好敵な人物だ。

闘技場以外では武器を持つのは禁じられている為にオーランへ武器を渡す。手枷を嵌めるのも義務付けられている。ただし隻腕の人間への手枷など文字通り形だけの代物だった。「それにしても今日も勝ち残ってくれてよかったよ。こういっちゃなんだが、お前さんの相手は評判が悪くてな。看守が二人、腕を掴まれて死んでるんだよ。事故って話だったが…」「毒手の使い手が事故なんて自分の得物で首を斬るみたいなポカじゃね?」

「ここじゃ剣奴も看守も命の大安売りだよ」「オレらみたいに剣奴になるよかマシだろうけど」「笑えないなぁ…もちろんお前さんが勝ってくれて嬉しいのはお前さんがいい奴だからだ」「オイオイ気を付けてくれよ、あんまり優しくされるとオレルートに入るぜ?」「るーと?」「気にすんねい。それよりいい加減移動しようぜ」ここは闘技場と繋がっている通路。次の試合に出場する剣奴も通るわけで。

「ーーあらん?誰がまごついてるのかと思ったら、アルちゃんじゃなあいん?」「げ」この世界でも珍しい2m半を超える人物。恵まれた体格と女性的な凹凸のはっきりした体つき。それらを誇示するような露出の多い衣装に美術品めいた美貌。だがそれらの特徴よりもなお特徴的なのが彼女の両腕。二の腕から先がない。隻腕のこちら以上にハンディを背負いしかし彼女には全ての観客を虜にする華がある。

ギヌンハイブのメインイベンターそれが彼女「ーーホーネット。あんやには感謝してる。けどお互いの立場を考えようぜ。オレみたいな蟻んこはあんたの傍にいると吹き飛ばされちまうんだ」「寂しいこといわないでよおん。あなたはアタシの一番のお友達なんだからあん」と会話をし看守がホーネットの足枷を外す。女王へ傅く臣下の振る舞いのように見えるそれは彼女が『剣奴女帝』ホーネットと呼ばれる所以。

絶水の孤島

そしてホーネットは腕をちょうだいと言うと大人の身の丈ほどもある大剣が二本運ばれてきた。しかしそれは持ち手の部分が奇妙な形状をしている。その大剣はホーネット専用の武器。ちょうど断たれた腕の先端が大剣の持ち手の空洞へ入り固定される。常人では持ち上げることさえ困難な大剣。それを同時に二本扱うのが剣奴孤島最強の女、その真価だった。

しばらくしてわっと歓声が上がる。会場中が彼女の登場に沸いた証拠。それからオーランと闘技場の反対に向かう。「それにしても気に入られてるなぁ、アルデバラン」「…勘弁してくれや、オーランさんよ。それに言ってあったはずだろ」「オレのことはアルって呼んでくれや。フルネームは好きじゃねぇんだ」

剣奴孤島ギヌンハイブ。それはヴォラキア帝国の西武に位置する周囲を湖で囲まれた絶水の孤島とでもいうべき場所だった。島の出入りには一本だけしか存在しない橋を利用する必要があり、それは平時には通行不可能な跳ね橋となっている。島に閉じ込められた剣奴を逃さない為の措置。

剣の奴隷と記す剣奴は文字通り剣の所有を許された奴隷の名称。ただし許されるのは闘技場での死合いのみ。剣奴の多くは犯罪者か借金を返せずに身売りするしかなかった債務者といった所で稀に行き場のない不運な人間が捕まってくることもある。ただどんな境遇のものであれ、一度剣奴に身を落とせばするべきことは同じ。死合いに勝ち残り相手を殺して命を繋ぐそれだけだった。

「アルさん、ぼかぁ思うんですよね。このまんまでいいのかなって」剣奴孤島の地下には剣奴たちが生活するための居住区が存在し死合いへ連れ出されるまで虚無の時間を過ごす。アルもその例外ではない。寝床へ寝そべった所だったが「あれ?アルさん聞いてくれてます?」「今しがた一仕事終えたばかりで疲れてんの、眠たいの、それしか楽しみがねぇの」「またまたぁ。寝る以外にも楽しみならあるでしょう。アルさん人気者なんですから」その相手は顎をしゃくって遠目に見える人影を示す。それは立場上は剣奴とされている島の娼婦。

新たな皇帝誕生の催し

彼女たちは剣奴として闘技場に呼ばれることはほとんどない。代わりに与えられている役割は剣奴たちの不満の捌け口となること。そんな彼女たちの人気者であることなどと自惚れることはありえないがーー。「うえ」「わあわあ!今の失礼すぎやしませんかアルさん!美しい女性たちですよ!職業に貴賤はないでしょうに!」「…いや職業差別じゃねえよ、こう精神的なもんだから」込み上げてきた嘔吐感を噛み殺す。

彼女達に手を振ってあげると微笑で手を振り返し仕事の為に相手を探してそれぞれ散っていく。相手によっては壊されることも多い。優しくされることが少ない彼女たち。だがこんな環境でも健気に生きる彼女たちをどうしてぞんざいに扱えようか。「女性は苦手なのに女性には敬意を払う。アルさんが好かれるのもわかりますねえ」そう会話する男は灰色に髪を長く伸ばした色男ウビルクという名の青年で二年ほど前にここへ連れてこられた剣奴の一人。ひょろひょろとした長身の美形だが戦いはからっきしで闘技場に立てばあっという間に蹂躙されかねない。

そんな彼が二年も生き延びているのは先の女性と同じ。ホーネットは例外中の例外だが、剣奴の中には腕の立つ女性も少なくない。その待遇は男の剣奴と変わらず、彼女らを満たす役割がいる。それがウビルクだった。それからウビルクが近々闘技場で催しが開かれ、帝国の有力者がくるほど大規模だと言う。その理由は次の皇帝が誕生したからだという。次の皇帝を選ぶ『選帝の儀』とやらが行われたことはこの孤島でも聞かされた話だった。

それを聞きアルは「ここでも時節の祝いってのがたまにあるからな。まぁ大抵オレたちにとっちゃろくでもねぇことだが」「さすが剣奴孤島十年選手は経験値が違いますね」帝国の祝い事に乗じた催しは通常一対一での死合いのルールが変更されたり、場合によってはこの為に捕らえられた魔獣と十人がかりで戦うケースもある。「四年前の山みたいにでかい魔獣とやり合った時が一番しんどかったな…ホーネットがいなきゃ全滅してた。あの魔獣の角いまだにホールに飾ってるぐれぇだ」「伝説の一戦って語り継がれてますね。アルさんとホーネットさん以外当時からいた剣奴は全員死んでしまったとか」「で、オレがホーネットに目つけられる切っ掛けだよ」今ではすれ違うたびに絡まれ嫌な思いをさせられる相手。ーー四年前の激戦とそれ以外にも大きな借りのある相手ではあるが。

ジョラー・ペンダルトン

「で、そのホーネットがなんだって?」「ーー帝国の上級伯あたりを人質に解放の要求も可能なんじゃないかと」「本当にお前ら諦めが悪ぃな。何べんそんなこと言ってんだよ」剣奴孤島の解放計画。それはウビルクだけではなく、この島の剣奴達が夢見ていることである。「抜け出せたやつが一人もいねえんだ、どんだけ無謀と思ってやがる」「そもそもそんな話にホーネットが本気で乗るとは思えねぇな。戦い大好きのバーサーカーだ」「いやぁダメでしたか。ホーネットさんはアルさんのこと気に入ってるみたいだったので。アルさんが口説き落とせればって思って…いたぁ!」アルは拳骨を落とす。

ーー室内に張り詰める緊張感が老練なる家令の背筋を固くする。「ーーいかがでしょうか、奥様」「香りは合格としてやろう。あとは味じゃが、さて」家令が腰を折って伺い立てているのは、この屋敷で主人の次の序列をいただく人物。長年の恩義がある主人。ジョラー・ペンダルトンの伴侶だった。長く良縁に恵まれなかった主人にとって、これは遅れに遅れた初婚だった。そのこと自体は喜ばしい。たとえそれがわずか12歳の少女が相手だとしても。

五十路を迎えようとしてる主人が12歳の奥方を迎えたことは長い付き合いの家令にとっても驚きだった。この奥方には婚姻によって得られる利益が何一つなかった。それでも主人であるジョラーの善良さは語るまでもない。帝国貴族として稀有すぎる人格者。そんな主の為に尽くすのは家令として当然のこと。故に新しい環境に戸惑うであろう少女を全霊で支えると決意した。そんな決意は実物の奥方を前に木っ端微塵に砕かれた。

ーープリシラ・ペンダルトン。それがジョラー・ペンダルトンの妻となりこの屋敷の支配者の如く君臨した少女の名前だった。「悪くはない」一瞬それが紅茶への感想だと気づくのが遅れた。原因はその少女の横顔にある。その美しさに見とれ時が止まっていた。そして時が動き出しそれに気付いた時、自分の人生の半分にも満たない年月しか生きていない少女に称賛の血を沸かされ、痺れるような感覚が魂を鷲掴む。

「下がれ。妾は夫と話がある」一礼し、家令は部屋を去る。「…すっかりみんな君に骨抜きのようだね、プリシラ」二人だけになった空間に掠れた声が響く。

プリスカ・ベネディクト

一応上座に座った初老の男。ジョラー・ペンダルトン。ヴォラキア帝国の中級伯でそれなりの地位と家柄に恵まれた男。やや心の距離まで開いているような会話の始め方。使用人たちとも打ち解けたようだねとジョラーが言うとプリシラは従えただけだと話す。プリシラはあれだけ従順な凡俗共を従えてよくも歯止めが効いていたものよというもジョラーは意味がわからなかった。

プリシラは人として当然の欲得や衝動が欠落していて、そういう輩もいるが、だとしたらなぜ妻として迎え入れたのかわからないと話す。「貴様には妾の素性を明かしたはずじゃな。ーー妾は『選帝の儀』で死んだとされている皇女プリスカ・ベネディクトであると」それはヴォラキア帝国の座を争う『選帝の儀』に敗北し死亡したとされている皇女の名前。だがプリスカは死んでいなかった、死を偽装し今も生き延びている。本当の名ではなく、行儀見習いの少女の名を名乗りプリシラ・ペンダルトンとして。それは様々な人間が尽力し少女を生かそうと足掻いた結果だが、プリシラはジョラーの下へ嫁ぐ際その事情を彼には隠さなかった。

ジョラーの腹の中身はプリシラにも見通すことができなかった。それを聞いてジョラーは目を見張り「意外だが、納得もしてしまった、これまでの君はあらゆることを当然に見透かす幼い賢者だったから。だから歳相応なところもあるのだなと」今の発言はプリシラにとって首を叩き落としてやろうかと内心で検討しそうになるほどだった。「し、心配せずともいいよ。私は君を利用したり突き出そうとも思っていない」「…まぁよい。元より貴様が何を企んでいようと関係ない。ーー世界は妾にとって、都合の良いようにできておるのじゃからな」

そして先程退出させた家令がやってきて「ドラクロイ上級伯の使者の方がお見えです」と言うとジョラーが「ドラクロイ伯の?そんな話は聞いていなかったが…と、プリシラ!?」すたすたと部屋を出ていくプリシラに驚く。しかしプリシラは足を止めずに玄関ホールへ向かう。

「おっとぉ?こりゃずいぶんと可愛らしいお嬢さんの登場じゃあありやせんか」そうプリシラを見て発言したのが見覚えのないまだ若く17,8歳程度と思しき細身の青年。

マイルズとバルロイ

「ペンダルトン伯の娘さんでしたかね?お父さんはご在宅で?」「馬鹿かバル坊!ペンダルトン伯に子どもはいねえ!早まんな!」その手を挙げた青年の後頭部が傍らにいた小男によって叩かれる。「いきなりなにしやがんですかい、マイルズ兄ぃ!」「やかましい!ペンダルトン伯は最近年若い奥方をお迎えになられたばかりだ!その空っぽの頭でよーく考えろ。娘のいないペンダルトン伯の屋敷で若い娘が現れたなら…」「あーなるほど」

と話が一段落した所で「どうした?こちらに構わず続けるがよいぞ道化同士が罵り合うとは、なかなか物珍しい見世物で興が乗った。そら続けよ」「ぐおお…年端もいかない小娘に完全に弄ばれてやがる…」「いけやせんぜ兄ぃ、口が悪くなってまさぁ。とりあえず謝っちやすかい?」

「プリシラ、彼らは私の客人だ、あまりからかわないでくれないかい」「む、追いついたか」後ろからジョラーが追いついてきた。「ドラクロイ伯の使者と聞いていたが…君か、マイルズくん」どうやら二人は顔見知りらしい。そしてマイルズは青年について「自分の昔馴染みでして、ドラクロイ伯に引き立てていただきました。『飛竜繰り』に非凡な才能がありまして…」「ご紹介に預かりやしたバルロイ・テメグリフと申すものでさ。こちらのマイルズ兄にはガキの時から世話になりやして、今も面倒見てもらってやす」「なるほど飛竜繰りということは」「へい。一頭跳ねっ返りを預かってまさぁ」

「飛竜繰り…人に懐かぬ飛竜を従える、帝国に伝わる秘術であったか」それからジョラーはプリシラを紹介する。そしてマイルズが「ペンダルトン伯、我らが主から書状を預かっております。そちらをお渡しさせていただいても?」「ああ、セリーナからか。なんだろうね」「まぁ剣奴孤島のことだと思いやすがねぇ」「剣奴孤島ギヌンハイブか。そう言えば足を運んだことはなかったな」とプリシラが興味を示す。

しかし「ドラクロイ伯の誘いは嬉しいが色々と当家も慌ただしい状況なんだ。だから…」「ーーこれの言葉は無視しておけ、剣奴孤島への招待聞き入れてやる」「ぷ、プリシラ!?」「剣奴孤島は人の出入りも多い、もしかしたら君を知るものが…」「それが理由で拒絶か?ならば妾がこの招待を受ける理由を与えてやる」

剣奴孤島へ

「簡単な話よ、妾が剣奴孤島に興味がある」愕然とジョラーは目を見開いた。ともあれ「ペンダルトン伯、どうされますか?」「ご招待に預かろう。ドラクロイ伯にそう伝えてほしい」「おお、そいつは助かりやす」「では詳しい日時は書状の通りに。必要であれば返事をお待ちしますが」「不要じゃ、貴様らの頭がよっぽど空っぽでもない限り、こちらの答えは忘れていまい。それを持ち帰り主へ伝えよ」そうしてプリシラとジョラーが剣奴孤島へ行くことに決まった。

大きく翼を羽ばたかせ二頭の飛竜が宙へ舞い上がる。飛竜は竜種の中でも気性が荒く、凶悪な性質は魔獣に近い。人懐っこい地竜や荒々しくも従える水竜とは接し方の難易度が根本から違う。その術を『飛竜繰り』といい古くからヴォラキアの限られた存在にのみ伝えられている。そしてバルロイとマイルズの二人は飛竜繰りを習得した人材で帝国に百といない飛竜使いだった。そして二人は飛竜で飛び去っていく。

ぞくっと怖気のようなものを感じて、床に寝そべっていたアルが跳ね起きる。周りを見るが誰もいない。それを見た酒盛りをしていた剣奴達が笑う。アルは一人になれる場所を探してふらふらと彷徨った。そうしているうちに息詰まる地下空間から抜け出し、夜の風を浴びていた。地下から直接繋がっているのは、島の外壁に設置された見回り用の狭い足場だ。元より跳ね橋以外に孤島から抜け出す術はないため内外の警戒はゆるゆるだった。

無論この馬鹿でかい湖を泳いで渡ろうと画策するものもいるかもしれないが「水棲の魔獣がうじゃうじゃいる湖でそんな馬鹿な真似しても死ぬだけだからな」故に剣奴孤島はゆるい警戒態勢に反してこれまで一人の脱獄者も出していない。日中のウビルクの夢物語が思い出されアルは苛立たしげに舌打ちした。

「夢なんて起きてるうちに見るもんじゃねえよ。馬鹿馬鹿しい」無数の星を睨みつけ「ーー何もかも、星が悪かったんだよ」剣奴孤島の祝祭が間近に迫りつつある夜だった。

セリーナ・ドラクロイ上級伯

『苛烈』を擬人化したような人間性それがセリーナ・ドラクロイ上級伯に対するプリシラの最初の印象だった。女性にしては背が高く、腕や足も太い肉厚な体格をしている。かといって無骨な印象を受けるかと言えばそうではなく、女性的な起伏にも恵まれているために単純に大柄な女性という表現には当たらない。さしずめ美しい猛獣といったところだ。

「久しいなペンダルトン伯。息災だったか?」そう言って笑うセリーナ。彼女の整った面貌の左側には古傷がある。それは彼女に家督を奪われた父親が刻んだとされるもので、家督争いの決着に父親を生きたまま焼いたことが彼女が『灼熱公』と呼ばれる所以である。ジョラーがセリーナに挨拶をする。そして「そちらが噂に聞く奥方か。ずいぶん若い娘を嫁にもらったと知って、そういうわけかと思ったものだが、マイルズたちの報告は的確だった」

「ほう、あれらの報告か。いったい妾をどのような美辞麗句で飾り立てた?」「年齢には見合わぬ大器と言っていたかな。あとは生意気で躾けてやりたいそうな」「ーーほう」プリシラが瞳を細めると視線をセリーナの後ろに控えている二人、バルロイとマイルズに向けた。「どちらが大物かは言うまでもなくじゃな」「そう言ってやるな。マイルズもあれでなかなか目端が利く。どちらも私の貴重な手駒だ。気に入ったとしても譲ってやれぬ」

「いらぬ。妾が傍に置くなら妾の目に適うほど美しいか、そうでなければ退屈させぬ道化に限る。その点我が夫はどちらも満たしておらんな」「ええ!?ここで私に飛び火するのかい?」と会話する。現在ジョラーとプリシラはセリーナの招待を受け、帝国西武の地へとやってきていた。目的は帝国に新たな皇帝が誕生したことを祝う祝祭。

「厳密には選帝と剣奴孤島に関わり合いなど何もない、新皇帝の誕生をただ人寄せの口実にしたいだけなのは明白じゃがな」「奥方はずいぶんと辛口だな。こうした催しは好かないか?」「いいや?皇帝への忠節などにさしたる意味はない。民草がこの手の遊興に興じるのを咎めるほど狭量でもないぞ。何より…」「命懸けで争うものを鑑賞するのは妾の好むところじゃからな」

死合いの準備

それを聞いてセリーナは笑った。「これはいい!ペンダルトン伯、いい奥方を捕まえたじゃないか!私とも話が合いそうだ。酒の飲めない年頃なのがもったいない」「よしてくれ、頭の痛い…プリシラ、君もそう軽はずみなことは…」「たわけ。酒の味ぐらい知っておる。妾を誰と心得ておるのか」「プリシラ!?」ジョラーが仰天し、セリーナがますます上機嫌になる。

そして目の前には二頭の飛竜が船を吊り下げていた。その『飛竜船』は飛竜を操れるものが限られたヴォラキアでも滅多にお目にかかれない代物だった。「これに乗る経験はそうそうあるまい。さあ、遅くなったが私からの祝儀だ」「よい。大義である、気に入ったぞドラクロイ上級伯」「ーー。いやはや本当にペンダルトン伯はいい嫁をもらったものだ」物怖じせずに応じるプリシラを前にセリーナは呟いた。

「アルさん聞きました?飛竜船がきたらしいですよ」とどこか浮かれた様子のウビルクが話すのは準備運動をしていたアル。今日も命懸けの仕事がある。それがたとえ祝祭の最中であろうとも。十年二十年この剣奴孤島で生き抜くなんてのは馬鹿げた話だ。そうなる前におっ死ぬ日がくるだろう。「だからそうなる前にですよ、アルさん」「ここで座して死を待つぐらいなら、運命と戦ってやりましょうよ。ぼかぁアルさんがやるって言ってくれたら百人力だと思ってるんです」

「オレは興味ねぇよ、必死で生き抜いてまでやることもねぇ」「じゃあなんで戦って勝つんですか。アルさんが勝つってことは誰かが負けて死ぬってことです。ぼかぁそれは矛盾してると思いますよ」「矛盾はしてねぇよ。死ぬ理由がねぇだけだ」珍しく食い下がるウビルクに冷めた声で答えた。なおも何か言いたげなウビルクだったが、集会場の奥に迎えの顔が見える。アルの担当看守であるオーランだ。「いってくらぁ。戻ってくるかはわからねぇから、先にご飯食べてていいよ」「戻ってきますよ、アルさんは。ぼかぁそれは信じてます」そして手枷を外され代わりに愛剣を握らされると「今日も死ぬなよ、アルデバラン」「…物覚えが悪いのがあんたの唯一の欠点だな」そして闘技場へ踏み出した。

観戦

「それにしても今日はずいぶんと盛況で…祝祭ってのもやること一緒でも案外馬鹿にならねぇらしい」対面の通路から闘技場に現れたのは蛮刀を両手に握った禿頭の大男。全身の刀傷は彼もまた剣奴として場数を踏んでいる証でもある。自分が誰と戦わされるのか、闘技場で相手と会うまでわからない。正直自分がいつあのホーネットとぶつけられるのか、そんな死刑宣告が今日でなかったことに安堵し「まぁお互い運がねぇや、誰が悪いわけでもねぇ。ーー星が悪かったのさ」

首が刎ねられ血飛沫を撒きながら禿げ頭が宙を舞う。瞬間、死合いを見下ろす観客が今日一の歓声で敗者を嘲笑い勝者をも侮蔑を交えながら称賛した。

「それでどうだプリシラ、楽しめているか?」「悪くはない。何も持たぬものたちが己の全てを尽くして争う姿は興が乗る…先の不細工な男の戦い方は面白みに欠けたがな」「先の…ああ隻腕の」プリシラが話題に上げたのは直前まで観客を沸かせていた死合いの勝者、黒髪に隻腕のずいぶんと不格好な勝利をもぎとった男のこと。

「命への執着すら感じん。あれは何のために戦ってるおるのやら」ここに囚われる者の多くが望まぬ戦いをしているのは事実。だがそんな中でも生き残る理由が個々にあるはず。しかしそれすらないとはあまりに異質。自らの命に執着せず、目の前の事柄を処理するように生を勝ち取る。それは何とも「ーー無粋よな」「うえ…っ」プリシラが総評を口にすると横でジョラーがえずいた。血生臭い舞台の観戦には向かない男。

「すまない…もう少し踏ん張れると自分でも思っていたんだが…うっ」「ちょうどいい。妾も風に当たりたかった所じゃ。こい」するとセリーナがバルロイを二人につかせる。そうして3人は観覧席を離れた。湖を見下ろせる場所に出ると既に日は没していた。

真剣味も肩の力も抜けているバルロイの態度だが、時折、彼の視線が周囲を油断なく見回しているのがプリシラにはわかる。その腕前も達人を多く見てきたプリシラから見てまだ若いながら上位に入れて良さそうだ。

革命

このまま大過なく成長すれば帝国でも名の知れた武人へ至るだろう。そんなバルロイを護衛につけたセリーナ。だがプリシラにはセリーナの真意が妙に気がかりだった。「ーー妙じゃな」「跳ね橋はいつ上がった?」

ーーどうやら自分はずいぶんと事態を楽観視していたらしい。死合いを終えたアルが通路に戻ってきてみれば「こいつは何の冗談だよ、ウビルク」「アルさん、ずっと言ってたじゃないですか。ーー変革が必要なんだって」そう言う彼の足下には看守のオーランが血溜まりに伏しており、抉られた首から死んでいるのは明白だった。ひと目でわかる。ウビルクがオーランを殺した。

「看守殺しは最悪のタブーだ、問題どころの話じゃねえ。大問題だぞ」「状況だけ見たらそうなりますね。剣奴ってだけじゃなく大犯罪者だ。下手したらホーネットさんとぶつけられるとか。はは、死んじゃいますねえ」「笑い事じゃねえって言ってんだよ!」青龍刀を構え、血に濡れた粗末な短剣を手にしたウビルクを睨みつける。

「お前じゃオレには勝てない。それがわからねえほど馬鹿だったか?」「いいえわかってますよ。自分がアルさんに勝てるだなんて自惚れてません。看守の首もめちゃめちゃ油断させてやっとですから」そう言いながらウビルクは短剣を捨てて手を上げ争う気はないと態度で示す。「アルさん、何度でも言いますが協力してください」「くどいぜ」アルは青龍刀をウビルクに叩きつけ「腕の一本でも落としてオレとお揃いにしてから他の看守にーー」

「突き出すって?ぼかぁそいつは御免です。残念ですよアルさん」刃を横薙ぎにしようとするも途中で割り込んだ大剣に止められる。「オイオイオイ、何の冗談だよ」眼前にいたのはホーネット。「あらあらあらん、怖い顔しちゃって、アルちゃんったらつれないわあん」既に愛用の大剣が装着され人間兵器が完成されている。

「つまりお前はウビルク側で革命に賛成ってことか?意外性の塊だな」この島の在り方に祝福され最も適合した存在の彼女がウビルクに与し革命なんてふざけた夢物語に付き合うとは。

ホーネットとの戦い

「つれないアルちゃんがようやく期待に答えてくれたわあん」「アルちゃんとは味方になるよりん、敵になった方が面白いと思ってたのよん」直後、百キロをくだらない超重量の大剣が二振りアルへ迫った。アルは大きく後ろへ飛びーー「あらん、それじゃダメよん」と踏み込むホーネットの刺突を胸に喰らい容赦なく心臓と内臓がぶちまけられた。避けがたい死がアルを呑み込みーー

「あらん、それじゃダメよん」踏み込むホーネットの刺突をアルは刹那の体捌きでかろうじて避けた。身を翻したせいで背中に回って相手へと山勘で青龍刀を叩きつける。その反撃を信じられない速度で巨体を畳んで頭上を通過させ、踵で下から蹴り上げてそのまま回避できない大剣の直撃を受け真っ二つにーー

「あらん、それじゃダメよん」踏み込むホーネットの刺突をアルは青龍刀を斜めにかち合わせて受け流す。アルは斬撃を相手の軸足へ放り込む。その反撃をホーネットは跳躍で回避。宙に浮かんだことは絶好の好機。ーー即座に背を向けアルは通路の奥へと走る。「うおおおおーっ!!」ホーネットと事を構えるのは初めてだが、剣奴女帝の名は伊達ではない。アルごときの実力では百回挑んでも百回殺されるのがわかりきった実力差だった。それを痛感した瞬間、アルは戦場からの離脱を決意する。

「このまま闘技場に飛び出してオーディエンスを味方につければ…」「アルさん、ぼかぁあなたに失望したくないんですよ。少し考えたらわかるでしょ」闘技場へ逃げ込むアルにウビルクが言う。「ホーネットさんを味方につけた時点でぼかぁ根回しを完了してる。あとはあなたが頷くかどうかだけだったんだってことを」

眼前の闘技場の扉を潜ると状況は一変していた。先程まで闘技場で行われる死合いに歓声を上げ楽しんでいた人々も熱狂は掻き消え代わりに緊張と恐怖が支配する。それは観客席には武器を手にした剣奴たちがずらりと並び観客を拘束、支配下に置いていた。「まさか本気で…」剣奴孤島を乗っ取り帝国と戦う。そんな夢物語が実行されたのだった。

妾がセリーナ・ドラクロイ

祝祭の間、剣奴孤島と陸地との行き来は頻繁に行われる。そのため島と陸とを繋ぐ唯一の手段である跳ね橋は降ろしたままにされる。前もってそう聞いたはずも跳ね橋が上がっているのを見てプリシラは不審を覚えた。そしてジョラーとバルロイを連れセリーナの下へ戻ったのだがーー「こいつは奥方の予想が大当たりってやつじゃありやせんか」会場を見下ろしたバルロイが呟く。

剣奴たちが観客席に上がり観衆に剣を突きつけている。つまりこれは「剣奴の謀反、か」「セリーナ・ドラクロイ上級伯はどこだ!!」プリシラの呟きに荒々しい声が闘技場に響き渡る。見るからに荒くれといった雰囲気の男たちが貴族用の観客席を歩く。目的はプリシラたちを招待したセリーナにあるらしい。「隠れてねぇで出てこい!さもなけりゃ全員殺して見つけ出すぞ!」

「プリシラ、わ、私の後ろに…」ジョラーがなけなしの男気を振り絞ったように前に立つ。そのジョラーの動きを見て相手方も戻ってきた三人に気付いた。「ああ?おい、てめえらそんなところにいても無駄だ。逃げられると…」「妾が貴様らの探しているセリーナ・ドラクロイである」「んな!?」「うへ」罵声をプリシラの凛とした声が塗りつぶしその内容に連れの二人が目を剥いた。

プリシラの声音は緊迫した空間に響き、荒くれや観客たちの視線がこちらを向く。その中には本物のセリーナの視線もある。彼女はわずかに目を見開きながらもプリシラの真意を測りかねた様子だ。当然だろう。セリーナもその器は悪くない。しかしーー「妾には遠く及ばぬ故な」「ーーお嬢ちゃん、あんたがドラクロイ上級伯だってのかい」プリシラの正面へ立ったのは黒い装束の男。「聞いた話じゃドラクロイ上級伯は『灼熱公』なんて呼ばれる女傑って話だ。とてもあんたのような娘っ子にそれができるとは…」

「その呼び名、妾の焔のような赤毛を見ての俗称であろうよ。凡俗が妾を見てなんと呼ぼうが興味はない。貴様の目で見極めよ」「貴様にはどう見える?妾は上級伯を語る愚昧の輩か?それともヴォラキアの帝国貴族に名を連ね『灼熱公』の俗称をほしいままにする女か?」プリシラは身長差のある相手を真っ向から睨みつける。

闘技場の端の穴

侮っていた男の表情が強張る。男も剣奴の一人ならこの島で相応の死線を乗り越えてきたはず。その男をしてプリシラの胆力は常軌を逸していた。故にーー「失礼した、上級伯。あんたには一緒にきてもらう。オレたちの首魁が会いたがってる」低俗なりの礼儀を尽くし男がプリシラを上級伯と認めた。

「ま、待て!彼女を連れて行くなら私もだ!」だがそこでいらぬ男気を発揮したのがジョラー。「父親が同伴か?」「私は父親ではない。私は彼女の夫だ」「夫ぉ…?」男がプリシラとジョラーを見比べる。問題視するのは年齢差というより纏った覇気の違いだろう。しかしプリシラもここでジョラーが斬られるのは色々と面倒だ。

「事実じゃ。そのものは妾の夫である。その父親なら妾の目の前で炎に包まれた。髪色以外に妾が灼熱公と呼ばれる所以はそれで十分であろう」「なるほど。だがその話が本当だとして、あんたの旦那は…」「連れてゆけ。さもなくばぴいぴいと喚いて貴様らの手を焼くぞ。妾と一緒にしておけばひとまず騒ぎ立てん。ここで斬り捨て、妾にあとでも追われれば貴様らも困ろう?」男たちには既にプリシラが帝国貴族らしいという先入観が刷り込まれている。その上男たちの冷静さを奪うような事態が起こった。

「おい、あれはホーネットか?」プリシラが注目を集めていた闘技場に声が響いた。それは不測に発生した本物の死合い。「ーーあれが剣奴女帝か」隻腕の剣士が血飛沫を撒きながら派手に吹っ飛んだ。その体が闘技場の地面を転がり、そのまま会場の端の溝にある穴ーー戦いの後、死体を放り込むためのすぐ傍へ。そしてそれを追ったホーネットが足で蹴り、生きたまま穴の中へ落とす。「あいつホーネットの誘いを断ったのか。馬鹿な奴だ」

プリシラには不明だがこの状況で彼らに与するのを断った輩らしい「己の意を貫き通すなら相応の力が必要になる。そういう意味では今の輩が死んだのは当然の理と言えよう。そら、貴様らは間抜け面をさらすために立っているのか?」「…口の減らない上級伯だ。おれ達があんたに何もしないと思ってるのか?だからでかい口を叩いてるなら」「ーー貴様、本気で言っておるのか?」「ーーぉ」

剣奴の解放

「妾が手を出さぬと、そうたかをくくってこのような態度と。貴様はそう言うか?」プリシラの眼差しに何を見たのか。男はそれ以上の言葉を噤んだ。そして顎をしゃくり仲間と一緒にプリシラとジョラーを連行する。「あっしは…」「まさか貴様まで妾の夫とは言えぬであろうよ。ついてきても仕事にならぬ。出番がくるまでせいぜい大人しく待っているがいい」食い下がりかけたバルロイをプリシラは押し留める。

だが彼は若く青く「奥方様はそう仰いますが…がっ!!」「ーー黙ってろ、アホ!」長柄の包をほどき得物を出しかけたバルロイ。その後頭部をいつの間にか忍び寄ったマイルズが酒瓶で殴りつけた。バルロイが容赦なく白目を剥いて倒れる。マイルズは全面降伏の姿勢を見せ、男たちはプリシラたちの連行を再開する。「ーーすまん」観覧席から出ていく寸前、ちらりと見えたセリーナの唇がそう呟いていた。

そしてしばらく歩いた先、妙に厳重な扉が置かれた部屋に通される。「ーーこれはこれはお初にお目にかかります上級伯。こんな形のお出迎えで申し訳ありません。ぼかぁ綺麗な部屋にお迎えしたかったんですが」島主の死体を跨いでやってくるのはすらっとした印象の優男。「貴様がこの宴の主宰か」「宴?ああ宴っていうのはいいですねえ。ぼかぁ賑やかなのが大好きで。だからこの島のことも嫌いじゃなかった。耐え難いことはあってもね」その発言で彼がどう生き延びてきたのかがプリシラにはわかった。

「その上で貴様らは何を望む?」「あなたは帝国有数の貴族だ」「たわけ。妾の代わりなどどこにもおらぬ。他の凡俗共と比べることさえ不敬よ」プリシラは前置きからおおよその狙いは読めた。奴らは上級伯の身柄と引き換えにーー「帝国と何を交渉する?」「単純な話です。この剣奴孤島を独立させ、全ての剣奴の解放を。ぼかぁこの水たまりから出ていきたいんですよ」そう優男は嗤い帝国を堂々と敵に回すと宣言した。

剣奴孤島が剣奴に占拠され、帝国貴族が人質に島の解放を求めていることが帝国の中枢へ届けられ、新皇帝が誕生したばかりの帝国は激しい動揺と混乱に包まれーーなかった。

オルバルトとアラキア

「即座に討伐隊を組織し、差し向けよ。奴らと交渉するつもりはない」それは新皇帝ヴィンセント・ヴォラキアの勅命だ。皇帝の意向は全てに優先されすぐさま剣奴孤島へ派遣する為の討伐隊が組織される。島の剣奴たちはおおよそ五百だが、それをすりつぶす為の討伐隊は二千から集められた精兵だ。

たとえ剣奴たちが戦いに明け暮れた武芸者だとしても数の暴力には勝てない。その上皇帝の命令から人質救出の名分はない。「ーーとはいえそれでドラクロイ上級伯を見捨てても面倒が嵩むだけじゃしな」「じゃあ閣下の嘘…?」「よせよせ命知らずな娘っ子が。嘘ではなく、方便というもんじゃろ。そう言っておいた方があれじゃぜ。何かと大過なく片付くもんよ。これホントの話な」

そう話すのは背の低い腰も曲がった白髪の老人。長命の亜人というわけでもなく、純粋な人間にして九十を越した超高齢者。しかしこのしわくちゃで長過ぎる眉で目も見えないような老人がヴォラキア帝国で最も名高い『九神将』に名を連ねる存在と聞けば誰もが耳を疑おう。オルバルト・ダンクルケンがその一人。

そしてオルバルトと話している人物が褐色の肌を多く露わにした少女アラキア。今アラキアとオルバルト、派遣された帝国兵はギヌンハイブ周辺に配備され対岸から様子を伺っている。「乗り込んだら早いんじゃろうけど、跳ね橋が降りとらんからなぁ」「船とかじゃ、ダメ…?」「島の周りに水棲の魔獣がうじゃうじゃーっとおってよぉ。跳ね橋なしじゃワシらも連中も行き来できんっちゅうわけじゃ」

「わたしが、いく」「オイオイちょっと泳げるくらいじゃ無理じゃぞ?」「だい、じょうぶ。…水になればいいから」「ほ」驚きを露わにするオルバルト。そんな彼の前でアラキアは最低限しか体を隠していない布を解き、裸になる。そして水辺に屈み込み水に手を付けると「あぐ」ーーすくい上げた水の精霊、小さな微精霊を口から取り込み同期した。『精霊喰らい』たるアラキアは大気中の精霊を取り込むことでその力を我が物とすることができる。取り込んだ力が使えるのは精霊を消化するまでの間だけだが、精霊は目を凝らせばそこら中にいるため、燃料不足に陥ったことはない。

岩の隙間

その力で水の精霊を取り込み、自身にその特性を付与。それからいま一度オルバルトに目線を送り「跳ね橋、下ろせばいける?」「おお、いけるいける。つか娘っ子が頑張る以上ワシがやれんとか弱腰なこと言ってたら閣下にぶっ殺されるんじゃぜ?いってこい」そしてアラキアは湖面へ飛び込む。そして水棲魔獣もかくやという速度で泳いだ。

湖水と同化したアラキアを魔獣は感知しない。水は彼らの周りにも大量にある。わざわざ水に噛み付く魔獣はいない。故にアラキアは剣奴孤島の完成以来、誰も果たしていない湖の突破を単身で成し遂げる。十分もかからず島に到達する流れだったが「ーー?」なにかに気付いて勢いを緩める。

水中を行くアラキアが気付いたのは島と岸との間に浮かぶ小さな島。ただ岩が浮かんでいるだけのような島。漂う血の気配を感じてアラキアは方向転換しその島へ向かう。そして岩が重なり合いほんのわずかな隙間のような空間とそこへ続く血の跡を見つけた。その血を辿った先にーー「おいおい、状況が見えねぇよ。いよいよ血が足りなくて夢見てんのか?」「この状況で裸の銀髪娘って…オレの業も極まりすぎだろ」岩の隙間に埋もれていたのは隻腕の男だった。

濡れた黒髪と深手に見える胸の傷。手当をしなければ遠からず死ぬだろう。彼は島の関係者だろうか。アラキアは少し考える。命じられているのは島にいる帝国貴族の奪還だ。そのための跳ね橋を下ろしてオルバルトを迎える。それをやり遂げる為にも島の知識はあればあるだけ助かる。

「死にたく、ない?」「死にたくないなら、助ける、…代わりに、話をしてもらう」交換条件。かつて仕えた主ーー否、心は今も仕えたままの主の手法にならいアラキアは瀕死の男に取引を持ちかけた。しかし男はアラキアの生涯最初の取引を聞いて笑うと「今更オレが死ぬのが怖ぇって?そんなの何億回も死ぬ前に言ってくれ」忌々しげに血を吐きながら、隻腕の男は呪うような声で言った。

ウビルクの目的

剣奴孤島ギヌンハイブの剣奴の一斉蜂起と孤島からの解放要請。ヴォラキアの新たな皇帝を祝う祝祭の日に観客を人質に剣奴達は帝国へ要求した。それが目的だとウビルクに説明されセリーナ・ドラクロイを騙った少女プリシラ・ペンダルトンは瞳を細めた。そしてウビルクをこの島の中では頭の働くほうだと見抜いたプリシラは「そうであれば、ここの独立や剣奴の解放など叶うはずもないのは想像がつこう」と言う。

するとウビルクではなく、荒くれのほうが反応する。「おい、どういうことだ。この貴族様を人質にすれば帝都の奴らも耳を…」「傾けるとでも?帝都の対応は容易に読める。解放を求めて帝都へ話をすれば、皇帝は早々に敵を撃滅するべく手勢を送り込む。皇帝直下『九神将』の出番であろう」九神将は次元が違う。この世界、一握りの才に恵まれたものとそうでないものとの力の差は絶望的だ。

「ウビルク!今の話は本当か!?聞いてねえぞ!」「まあまあ落ち着いてくださいガジートさん。上級伯の意図は明白ですよ、こうやってこっちを動揺させて、すんなりと降伏させようって腹なんです。でも僕たちは思惑に乗りませんよ」プリシラからすれば馬鹿馬鹿しい目論見の一言だが、彼らも引くに引けないのだ。既に事は起こしてしまった。今更前提が間違っていましたと、全面降伏できようはずもない。

そこでジョラーも「私も帝都の判断は君と同意見だよ。帝都がギヌンハイブの独立を認めるなんてありえない」「これまでの帝国の在り方が惰弱を許さぬ。故にこの武装蜂起は潰されて終わる」「…それを彼らがわかっていないとも思えない」そしてジョラーが視線を向けるのはウビルクだった。その見立てはプリシラも同意見だった。剣奴達を口八丁で煙に巻きながら状況を組み立てた。その真意は「ーー剣奴孤島の解放など欺瞞。奴には他の目的があるのだろうよ」故にプリシラは周囲を窺い静かに時を待つ。必ず訪れる機会を待ち、それを逃さぬように。何故なら「ーー世界は妾にとって、都合のよいようにできておるのじゃからな」

銀髪の因縁

一方、アルはアラキアに布で傷の手当をしてもらっていた。少女は裸身だが、どうにも羞恥心とは無縁の性格らしかった。年齢は12,3歳。「まぁ、生まれと育ちでその辺は全然変わるだろうしな。オレの好みがボンキュッボンのダイナマイトボディなのが功を奏した。お互い命拾いしたぜ」「命拾いしたのはあなた…わたしは普通。普通?」「自分で首傾げてんなよ…しかし死に際に銀髪の美少女とか、地獄かよ」

「銀の髪、変?姫様は綺麗って言ってくれた」「ああいや、こっちの話でオレの問題だ。銀髪に嫌な思い出があってよ。自分がグズで間抜けの役立たずってことを思いだしちまう」「まぁなんだ。大事な相手の役に立てなかったって話だよ」「…それならわかる。わたしも姫様の役に立てなかったから」そんなアラキアが左目に触れる。気にはなっていたが明るい赤をした彼女の瞳だが、左目からは光が失われているようだった。その左目が後悔の記憶に繋がる鍵なのだろう。「ったくオレは余計なことばっかり言いやがる」

それからアルはアラキアに来た目的を聞くと、島が乗っ取られているでしょ?と聞かれる。アルも状況をはっきり見たわけじゃなかったがホーネットとウビルクの口車にのった奴らが乗っ取ったと理解していた。そしてアラキアの役割を聞くと跳ね橋を下ろすことだと言う。しかしアルは跳ね橋という剣奴たちの生命線である場所には、最強の一枚であるホーネットを置くはずだから難しいだろうと話す。ただ、もちろんそれでもアラキアは役割を全うしなくてはいけない。そこでアルは恩知らずになりたくはないと島の案内はさせてもらうと話す。

一方プリシラは豪奢な椅子に腰掛けていた所、ガジートと呼ばれていた男にさっきの話はどこまで本当かと聞かれていた。そしてさっき話した通り『将』がくればこの乱痴気騒ぎもすぐに終わると言う。こっちは何人いると思ってやがるとガジートが言うと、人数は関係ない、貴様もわかっておろうと言われる。

魔眼族

ジョラーもそれなのにどうして君たちはこんなことをと憐れみの同情をこぼす。そしてプリシラは貴様らに取れる道は二つ、このまま九神将を相手に命を散らすか、定めに抗い自らの助命を勝ち取るかだと話しガジートの額に皺を一つ増やす。そんな時ウビルクがプリシラを闘技場のバルコニーへ呼んだ。

対岸を見渡すと変化があった。それは帝国兵が湖を囲むように陣を張っていたこと。ウビルクが言う通りちらほらと明かりが見えた。そしてウビルクはガジートさんと話しこんでたみたいですが、中々腰は重たいでしょう、腰を動かすのに5年もかけましたからとプリシラのことを理解するように話すと、貴様の詐術と一緒にするなと言われる。

ちょっと背中を押しただけだというウビルクがそっと服を捲くりあげた。それを見てプリシラは一目でどうやって暴動を扇動したのかわかった。ウビルクの胸の中心に瞼を閉じた第三の目があるのを見つけたからだ。「魔眼族か」「もうあんまり数もいないので、物珍しいもんでしょう?ぼかぁ数少ない生き残りというやつでして」魔眼族とは亜人族の中でも突出して珍しい特性を持った種族。

魔法や加護でもなく、その瞳を通じた異能を発現し、言い換えれば必ず加護を発現する種族とすることもできる。魔眼族の存在は異能を意のままにしたい者には垂涎(すいぜん)の宝物だった。その為にヴォラキア帝国では魔眼族を囲いこむために戦いが幾度も起こり、その戦いの中で魔眼族も大きく数を減らし、今は滅んだも同然とされている。その血の希少さでは鬼族と同等であると。

ただ、島主に気に入られたのは魔眼とは関係ないとこだったと言うとプリシラは男娼かと言い当てる。「お恥ずかしい話ですが」とウビルクは初めて本音らしきものを漏らす。そしてウビルクは「セリーナ・ドラクロイ上級伯じゃないでしょう?」と指摘する。するとプリシラは「何を当たり前を言う」と堂々と話す。

時間がほしい

プリシラは嘘を看破されても変わらない。元々長く通用すると考えていなかった嘘だった。そして、見張りを遠ざけ会話が周囲に聞かれないようにしているウビルクもプリシラの正体を剣奴たちに明かすつもりがないのだとわかる。プリシラの正体を剣奴達に伝えるつもりはないが、その代わりに「今しばらくお嬢さんに邪魔されたくないんですよ」と言う。

「解せぬな。貴様とてこの蜂起が無意味に鎮圧されるのは見えていよう、跳ね橋がなくともそのうち水を渡る術を見つける。時間の問題よ」「その、時間が欲しいんですよ、ぼかぁね」「ーーそういうことか」「驚いた。あれだけでこちらの狙いを看破したと?しかも不思議とあなたのその言葉を疑えない。あなたには妙な説得力がある」「貴様の目論見が妾に暴かれたとしてなんとする」「僕の魔眼はそんなに便利なものじゃありませんよ。あなたに通用するとも思えない。なのであなたの口封じするのが最善なんですが…」「一抹の疑念がぼくをそれをさせない。ですので…」

そうしてプリシラをジョラーとは別の部屋に案内させる。そして「今しばらく付き合ってもらいますよ。九神将が何もかも粉砕するなんて考えちょっと傲慢かもしれないですしね」「ほう?貴様に策があると?皇帝の有する『将』を折る策が」「ええ、皇帝が相手なら、こちらは女帝を出すまでだ」

アルは水に揉まれながら高速で湖を渡っていた。「ぶはぁ…し、死ぬかと思った…」呼吸のできない水中におり、何度も魔獣と目があった。何回魔獣の牙に引きちぎられたかわからない。「ついた」「…あぁ、見りゃわかるよ。あと、ほれ、これでも巻いとけ」そうしてアラキアにボロボロの上着を渡す。アルとアラキアが上陸したのは島の下部にある廃棄場。島の中で出たゴミやら不要物やらを湖に投げ込み、魔獣の餌にするための簡易の足場だ。アラキアには人間も捨てられると説明する。

風の微精霊

島全体が闘技場として機能する以上、死体を埋める土地は確保できない。だったら魔獣の餌にして処分してしまうのが手っ取り早い。「まぁ、観客の中にいる悪趣味な好事家が死体を買ってく場合もあるけどな」「死体なんてどうするの?」「剣奴もオレみたいなブ男ばっかじゃねぇんだ。たまには顔のいい奴もいるし美女が流れ着いてくることもある。その時綺麗に死んだら、その死体を欲しがる奴もいんの」

するとアラキアはアルをじっと見つめ「…悪くない、と思う」「ああ、何が?」「あなたの、顔?ブ男って、ほどじゃない」アラキアにそういう判断基準があったことも驚きだし、フォローを入れようと考えてくれたのも驚きだった。アルは自分の顔があまり好きではない。むしろ嫌いな方だ。隠しておけるならずっと隠しておきたいと思う程度には。

そして跳ね橋を下ろす為の制御塔を教える。制御塔に向かうならそこで待ち受けているのはホーネットだ。勝算はないと言った方が適切だろう。ホーネットの実力は剣奴孤島最強、帝国でも九神将に匹敵するのではないかと考えている。「嬢ちゃんがあのホーネットに勝てるとはとても思えねぇ」アラキアはきっとアルよりも強いのだろう。だが、ホーネットはアルが百人束になっても勝てない怪物だ。

するとアラキアは勝てないなら戦わないと話す。そう言った中で空中の何か掴み取り口の中へ入れる。『精霊喰らい』とアルに説明した。空気中を漂っている無数の精霊を喰らい、我が身に取り込む。水の微精霊と同化することで湖を渡ったように。ならば制御塔から跳ね橋を下ろすために取り込むのは「ーー風の微精霊」「おいおい、マジか…」するとアラキアの体が風と同化し、実体のない不可視の存在に変わった。目を凝らせばそこにアラキアの存在があることがわかるが、それはそこにいることを意識して初めて成立するギリギリの認識だった。アルが何でもできるなと言うとアラキアは「あまり勧めない、自分消えちゃう」と言う。つまり、絶対に揺らがない強固な自己が必要であるとか、そういう類の才能が求められるらしい。

絶対に勝てない敵

その点を競わされると自分には全く向いていない。強固な自分なんてもの、全く持ち合わせていないのがアルなのだから。そうしてアルはアラキアと島内に戻った。目指す先は制御塔。途中、見張りの短髪の男が為す術もなく崩れ落ちる。もう一人の見張りをアルが男からナイフを奪い、後ろから抱きつく形で胸を抉った。「やっぱり見えなくなんのってガチで反則技だな…」「あなたも思ったより強い。片腕なのに」

「それにしてもマジで占拠されてんだな、この島」「嘘だと思ってた?」「夢であってほしかった、かね」愛着もなければ友人がいたわけでもない。否、監守のオーランだけはアルの友人だった。だから彼の死だけは心の底から悲しい。しかしそれだけだ。十年も暮らした剣奴孤島だが、アルにとって思い入れはオーランくらいのもので、他の心残りはない。夢であってほしかったのは、オーラン含めた環境の激変のみだ。

「オレはどうしたいのかね…」そもそもアルは十年も留まっていったい何を為せたというのか。「何も為せてねぇし、何も為すつもりもねぇよ」ただ、風に揺すられる草葉のように揺蕩う日を。その果てに待ち受けるものが何なのか、想像する気力すらないままに。「ーーあそこ」すると城壁に囲まれた制御塔が見え、その足下に、こちらに背を向けて立つ大きな背中が見えた。その瞬間、心臓を掴まれたような気分を味わい、とっさに壁の陰に隠れる。「はぁ、はぁ」何度も死線であれば越えてきたし、味わってもきた。それなのに今、アルの全身を支配するのは死への恐怖だった。

いずれ終わるものなら何百でも挑んでやろうという気になる。しかしそれが終わらないとしたら。絶対に勝てない敵がこの世には存在するのだとアルーーアルデバランは知っている。あの剣奴女帝はそうした存在の一つだった。「嬢ちゃん…悪ぃがオレが付き合えるのはここまでだ…」「いっぺん…いや、ひゃっぺんはあいつに殺されかけてる。オレはもうあいつとやり合ってどうにかできる自分を見つけられねぇ」恩知らずと罵られるのを覚悟だったが「ーーん、わかった。ありがとう」あっさりとアラキアはそう言った。

超越者

「悪いことは言わねぇ。嬢ちゃんも諦めた方がいい。わかんだろ?」「…たぶん、強い」「多分じゃなく、本物なんだよ。少なくともオレの人生で見てきた生き物の中で三番目か四番目に強いのがあいつだ」「一番と二番は?」「思い出したくもねぇ」いずれの怪物も心臓が凍るような思いを味わわされるのは変わらない。挑むことを考えただけで脳の一部が死んでいくような感覚が思い出される。だって無理だったから。何回、何百回、何万回挑んでも、無理だったから。

「嬢ーー」「ばいばい」中年男の説教臭い訴えは、未来ある少女の無謀を止められなかった。アラキアの半透明の姿が風に紛れる。そのまま風のような速度で制御塔へ迫り、こちらに背を向けて湖面を眺めているホーネットの意識の間隙へ滑り込もうとーー「あらん?変な風だわん」それをさせないのが常外の理の中で生きる超越者たちというものだった。

いったい風の異変の何に気付いたというのか、振り向きざまホーネットが両腕に嵌めた大剣を薙ぎ払う。大雑把な一振りだが、それは真っ直ぐに突っ込んだアラキアを正面から打ち据えた。アラキアはとっさに迫る死を察知し、浮上してそれを回避した。だが「あらん、あららん、あらららん」ホーネットの死の螺旋からアラキアは逃れようとする。「言わんこっちゃ…」ねぇという言葉は続けられなかった。

「あうっ」「ーーあららん」大剣が振るわれ、避けきれない一撃に夜の空へ血が散った。風との同化が解かれ、半裸の少女がその場にひっくり返り倒れ込む。「可愛らしいお嬢ちゃんねえん。知らない顔だけど、どうやって入りこんだのかしらん」滴る血が少女の美しい銀色の髪を染め、褐色の肌が凶気を高ぶらせる。次は何をしてくれるのかと、それを堪能するために大剣を掲げーー「そこまでだ」目を見開いでホーネットは月を背にした人影の正体に歓喜する。「ーーアルデバラン」「その名前で呼ぶんじゃねぇよ。…ただでさえ、死にたい気分なんだぜ」

巡った毒

普段使っている身幅の厚い刀剣よりもさらに射程の短い武器。闘技場では逃げに徹し、かろうじて致命傷を避けただけの男が自分に再び挑んでくる。「意外だわん、アルちゃんそんなに熱血漢だったかしらあん」「そんなつもりはねぇよ。ただ、若い身空へ早死にさせるには惜しい美少女だったのと、銀髪が血に染まるのが思った以上に気分悪かったのと、あと…」「あとおん?」アルは忌々しげに頬を歪め笑った。ゾクッと背筋を甘い寒気が駆け抜け、ホーネットもまた笑い返す。そうして笑い合いながらアルは言った。「星が…いや、今日はオレの虫の居所が悪かったんだよ」

「ーーそろそろ、巡った毒が効いてくる頃であろうよ」「ああ?」プリシラがつぶやくのを聞いて、半裸の小男が目を丸くした。隣には全身甲冑の大男もいる。「毒というのは比喩的な話じゃ。実際に毒が巡っているわけではない。命を蝕み奪うものではあるがな」「ますますわからねえ。けど、馬鹿にされてんのはわかんだよなぁ」そして男の顔を見れば、その不満を彼女に発散しようと目論んでいるのが手に取るようにわかる。

だが「妾を脅かすつもりなら何もかもが遅かったな」「ああ?いつまでそんなことが言ってられっと…」「いやぁ、きっとその方は死ぬまで言い続けるんじゃありやせんかねえ」小男が戦慄して振り返るが、その動きは放たれるバルロイの槍の一撃によって顔面を貫通。小男がその場に倒れ込んだ。同時に甲冑の擦れ合う音を立てて、大男の方も赤い絨毯の上に沈む。それをしたのは奇妙な髪型をした曲刀使いガジートと呼ばれる男だった。

幕引きへ向けて

「ずいぶんと待たせるものよな」「いやいやこれでも急いだんですぜ?マイルズ兄ぃにゃぶん殴られるし、上級伯には待て伏せお預けってなもんでして…」「言い訳なぞいらぬ。毒が回りきる前にきたことだけは褒めてやろう」プリシラの撒いた毒、その現れであるガジートは、身内を斬り殺した曲刀の血を拭うと舌打ちする。己の運命を掴み取るため、状況に抗うことを決めたということだろう。ガジートが動いたなら、ジョラーのいる部屋の剣奴たちも腹を決めたはずだ。

「もっとも妾の愛する夫諸共、全員死んだ可能性もあるが」「おっかないこと言わんでくれやせんかね?あっしは上級伯からペンダルトン中級伯もお守りするよう言われてやすんで…」「せいぜい励むがいい」

いい加減乱痴気騒ぎにも面白みはなくなった。首謀者であるウビルクの目論見もおおよそ読めている現状、これ以上の退屈しのぎは望めまい。となればプリシラのすべきことは一つ。「ーー粗末な舞台の幕引きに、せめて妾という華を添えてやるとする」

ウビルクの本当の目的

夜の制御塔前でアルと相対すのは剣奴女帝ホーネット。アラキアが「ブ、男…」とアルを呼び、圧倒的不利を訴えかけた。「そんなのはオレが一番よくわかってらぁ」「じゃあ、いくわよんアルちゃん。簡単に死なないでねえん」両腕の大剣が放たれ、とっさに青龍刀を掲げーー、受けようとした青龍刀ごと胴体を薙ぎ払われ、アルはものの見事に簡単に死んだ。

「ーーこの乱痴気騒ぎの狙いは皇帝の首じゃ」剣奴の死体を跨ぐプリシラがバルロイに言う。しかしバルロイは「帝国相手に自分たちの解放を訴える…実際そうなってるんで、その筋書きなら信じられやす。けどこっからどう皇帝の首を狙うんで?まさか人質を解放するために皇帝自らやってくるなんてありえんでしょう?」「それこそまさかじゃな。皇帝自らの命を危うくする決断などすべきではない。それが相手の首をとる為に必要な場合を除けばじゃが…」

「せいぜい引っ張り出せるのは九神将が限度。実際、対岸にゃそれがきてるみたいですが…」「九神将が出てきたら島はどうなる?」「それは武装蜂起は失敗して剣奴は残らず制圧されるでやしょう」故に剣奴はひとり残らず叩き伏せられる。わかり切った結末だった。

「必ず潰されるーーじゃが、その一時、九神将は皇帝の傍を必ず離れる」バルロイは目を見張った。「けど、一人や二人九神将が傍を離れたぐらいじゃ皇帝の守りは揺るがんでしょう。九神将は九人いるから九神将なのに…」「ならば九神将を派遣せねばならぬ乱痴気騒ぎがこの剣奴孤島以外でも起こってるとしたら、どうなる?」「…まさか」別の計画との合せ技。バルロイ達は剣奴孤島に閉じ込められ、外の情報は遮断されている。別の場所で同じような騒ぎが起きていても知りようがない。しかし帝都はそうもいかない。同様の手口の騒動が起こったなら、それを鎮圧する為に必要な戦力を投入する。

マイルズとの合流

「皇帝も側近も迂闊ではない。九神将の全員を傍から外すことはあるまい。じゃがそれでも数は減る。その分好機は生まれる」バルロイはプリシラの推察を聞いて、洞察力に底冷えする感覚を隠せない。いったいこの少女の瞳には世界がどのように映っているのだろうか。

納得するバルロイとは違いガジートはそうはいかない。「…冗談じゃねえ」「皇帝の首?そんなもん俺たちが知ったことかよ!俺たちはただ…」「ありきたりな動機故に容易く利用されたのであろうよ。貴様らはもっと頭を働かせよ」「っ、てめえ!」プリシラの首へガジートが曲刀を向ける。

ガジート達は知らなかったとは言え皇帝暗殺の計画に加担した。事態が収束しても死罪は免れまい。バルロイが本気を出せばここからでも槍の一突きでガジートの首を狙える。ただガジートの力量ならプリシラに危害を加えることができるかもしれない。「ーー何をもたもたと考えておるか、バルロイ・テメグリフ」「この世界は妾にとって都合の良いようにできておる」その断言に二人が息を呑んだ。その直後「だらぁぁぁーっ!!」横から投げ込まれる瓦礫がガジートの側頭部を打った。飛び込んできた人影はそのまま瓦礫で頭をぶん殴る。ガジートが床に倒れ込む。

それをしたのはマイルズだった。「この大馬鹿野郎、何をうだうだとしてやがった。お前が迷ってる間にペンダルトン伯の奥方が傷付いたらどうしやがる大間抜け!」「大馬鹿に大間抜けって、そりゃねえやマイルズ兄ぃ…」そうして、プリシラは往くぞというとバルロイが「あの奥方?そっちいってもペンダルトン伯はおりやせんぜ?」と言う。するとプリシラは「たわけ。妾の愛しい夫のことなど後回しじゃ。相手方の真の狙いが皇帝の暗殺にあろうと直近の窮地は島の中にある。まずはこの乱痴気騒ぎを鎮めるのが先よ」「へ?皇帝の暗殺?なんだそりゃ!?」情報が遅れているマイルズの驚きを余所にプリシラは「先の剣奴がよく示した。自らの立ち位置を剣奴共に知らせてやる」

強者と弱者

「ーー簡単には死なないでねえん」その一言から繰り出される豪風をアルはいつまで経っても攻略できない。頭を潰され、胴を断たれ、足を斬られ腕をへし折られ、内蔵をぶちまけて命を陵辱される。その未来を幾度やっても回避できない。

「ドーナぁ!!」都合二十回を数えたあたりで破れかぶれに魔法を行使する。狙いも付けずに床がめくれ上がって岩塊が露出した。瞬間、生じた隙に命懸けで飛び込んでアルは最初の攻撃をかろうじて避ける。距離をとり、最初の死線を乗り越えたことに安堵の息をーー、吐こうとした直後、打ち下ろしの一撃に頭部を爆砕された。

「ーー簡単には死なないでねえん」「ドーナぁ!!」出鼻、先程の展開をなぞるように魔法が展開され、岩塊が砕かれる動きに合わせて後ろへ飛んだ。そこで一息つかず、すぐさま横っ飛びに。一撃が床へ叩きつけられ、石橋全体が激しく揺れる錯覚。そのまま斬撃が道路を砕きながらアルへ迫る。その一撃を跳躍して飛び越え、アルの斬撃がホーネットへ届いた。ただし渾身の一撃は虫を払うような仕草に打たれーー「それよおん!アルちゃん、やっぱりやるじゃなあいん!」「そうかね?オレは文字通り死ぬような思いして、これじゃわりに合わねぇって心底思ってるとこだぜ」

「まだまだん、もっと楽しませてねえん!」楽しげに大剣を振り回すホーネットという強者にアルという弱者は何回も、何十回も何百回も何千回も踏みにじられることになるのだろうと。

ホーネットとアルの戦いをアラキアがじっと見つめていた。戦いが始まってほんの数十秒、しかしその間に繰り広げられた攻防の数々は凄まじく、瀕死にあえぐ少女の目を引きつけてやまなかった。アルが曲りなりにもホーネット相手に生き延びているのがアラキアには信じられない奇跡の連続に見えていた。

姫様の声

アラキアの目から見てもアルの実力はいいとこ二流止まりだ。それがアルの実力の限界であり、ホーネットとの埋めがたい実力の差だった。その気になればアラキアでもアルを制圧するのに数秒とかかるまいと。だが現実はどうだ。「すごい…」アルの力量への評価が上がったわけではない。しかしホーネットの攻撃をギリギリの所で受け流し躱し、拙い反撃へ転じるアルの戦いぶりはそんなアラキアの評価を覆した。

死んでいるはずだ。あの程度の腕前では、ホーネット相手に二秒ともたないはずだ。それなのにアルは数十秒生き延び反撃さえも試みていた。姑息にも姿を消し、ホーネットを謀ろうとして失敗したアラキアと違い、正面から堂々と勝負へ臨み戦いを続けていた。それもアラキアを守るためだ。「ーーっ」

ぐっと奥歯を噛み締めアラキアは自分の手足に力を込める。恐らく骨が何本も折れ、内臓にも損傷があるだろう。取り込んだ水の精霊の力を使って治療を進めているが、すぐには治らない。それにーー「ちらん」と、わざとらしく口にするホーネットの注意がアラキアの方を向いている。悔しいがアルと違ってアラキアにはホーネットの妨害を回避する目算は立たない。ならばアラキアにできることは何があるというのか。最も大切な相手に報いることができなかったアラキアにーー「姫様…」生まれた時から傍にいて、もう傍にいられない人物。尊大でこの世の全てを支配しているも同然の目をした少女はアラキアにとっても支配者も同然でーー

『ーー聞け、剣奴孤島に散らばる有象無象よ』瞬間、剣奴孤島に響き渡ったのは、恐ろしく傲岸な呼びかけだった。突然のことにアラキアは驚き、アルとホーネットも戦いの手を止める。しかしアラキアの驚きは突然の声に聞き覚えがあったからだ。『この武装蜂起に先はない。首魁の目論見は帝都の皇帝の首にある。島にいる剣奴の解放など建前にすぎん。貴様らは乗せられた、哀れな首なしの兵隊よ』

世界最強

『愚か者に待ち受けるのは死のみである。じゃが、今代の皇帝も無慈悲ではない。貴様らが相応の姿勢を示せば処遇を一考しよう。せいぜい、ない頭を働かせよ』『ーーさあ、首なしの兵どもよ。頭を取り戻すのならば、今よりあとはないぞ』

呆然とするアラキアを余所に声は言いたいことを言い切った。それは孤島のあちこちにある伝声管であり、島の各所に届いたはずだ。「どうやらどこの誰だかは知らねぇが、形成をひっくり返す気らしい」「そうみたいねえん。きっと今ので臆病な連中は掌を返すことになるわん、やり方次第で計画の続行もできたかもしれないのにねん」「はん、馬鹿言えよ。てめぇもそれがうまくいくなんて思っちゃいねぇだろ」「くふふふん」大剣を抱き合わせながら笑いホーネットが身悶えする。

「まさか皇帝暗殺が目的ってわけじゃねぇだろ?」「ええん、違うわ。皇帝なんて天上人、アタシも興味ないものん」「つまりお前の狙いはガチの腕試し…島を占拠して派遣される九神将とやり合ってみたかったてことか」ホーネットの目的は跳ね橋を下ろせば叶う。「なら跳ね橋下ろさせてもらってもよくねぇ?」「こうしてアルちゃんと戦うのも甘美な誘惑なのよねん。他のたくさんのアタシと戦ってない剣奴ちゃんたちもよん、だから…」「ちょっと待った、その先聞きたくない予感が…」「島の中の人間を皆殺しにしてん、戦う相手がいなくなったら橋を下ろすわねん」「聞きたくねぇって言ったじゃん…」

「まさか、自分が世界最強と思ってるわけじゃねぇだろ?俺の知る限り世界最強の生物は今、ルグニカ王国でランドセル背負ってる頃だぜ」「アタシが最強だなんてそんな勘違いしちゃいないわよん。アタシは戦ってる最中に力尽きて死ぬでしょうねん」「でもそれでいいのよん、戦いの中で派手に散るのがアタシの望みん。アタシはアタシの氏族の名に懸けてん、ド派手にやらかして死んでやるわん」

まだ支配されている

それを聞いたアルは黒瞳を細め「どいつもこいつも、死ぬことに特別な価値を見出しすぎだ馬鹿みてぇだぜ」「死は救いでも宝物でもねぇよ。ただ痛くて辛いだけだ。なんでそれがわからない?」アルの瞳の奥、渦巻く感情の奥深さは見るものを底冷えさせる凶気に満ちていて、誰も覗いたことのない深淵がそこに眠っているかのようだった。

「…わたしも、戦う」「おいおい嬢ちゃん、あんま無茶しねぇ方がいいと思うぜ。まだ寝てろよ」「そうも、いかないから」抉られた肩口や骨の傷が埋まり、動いても千切れ落ちることはないところまで回復した。自分の不手際で巻き込んだ相手を死なせてはそれこそ姫様に顔向けできない。「ーー姫様」伝声管から聞こえた声はアラキアにとって最も大事な少女の声だった。彼女が変わっていないことの証、傲岸不遜で世界を自分の手中どころか足蹴にしていると信じて疑わない、この世の支配者たる存在の声だった。あの声を聞いてアラキアの内側で魂が燃え上がる。ーーまだ、支配されている。「わたし、まだ、姫様の所有物…!」

目を輝かせたアラキアを見てアルはそれ以上は無粋なことは言うまいと決めた。青龍刀を肩に担ぎ直すとアラキアと二人でホーネットを前後に挟んだ。「改めて教えてやるよ、ホーネット。お前が負ける理由を」「アタシが負けるん?アルちゃんにん?」「ああ、負ける。誰もオレには勝てねぇ。ーー星が悪かったのさ」

プリシラの狙い通り、どうやら剣奴たちの仲違いが始まったらしい。「武装蜂起の結実を信じる輩と頭の働く輩の目的がズレる。そうなれば、待ち受けるのは目的の異なる敵同士の相対じゃ」「…そのようですなぁ。放っておいても全滅しそうなもんですが…」「そううまくいくもんかい。奴らも虫や魚じゃねえんだ。すぐにやべえと気づくだろう。それまでは引っ込んでていいと思いますが…」「そうもゆかぬ。相応に頭の働くものが残れば、次の手を打ち始める頃よ。首魁に頼らぬ形で交渉を始める手合がな」「あー」と納得するマイルズの横でバルロイが首を捻っている。

ウビルクの居場所

セリーナの見立て通り互いを補い合う関係らしい。見てくれを重要視するプリシラの琴線にマイルズが触れないが、バルロイだけを引き抜いても良い結果は生まれまい。ここは愛しの夫のためにも上級伯との関係を維持できればよしとする。

そしてプリシラは難なく目的の部屋へ到達しーー「どくがいい、凡愚共。妾の夫を返してもらう」室内の男たちが仰天する。その中でも一番驚いていたのはジョラーだ。プリシラは扉の傍の花瓶を掴んでジョラーへ投げつける。すると悲鳴を上げてジョラーが椅子ごとひっくり返る。すると配置された男たちが一手でジョラーに危害を加えることはできなくなる。「ーーゆけ、バルロイ」名を呼ばれたバルロイが閃光の如く室内へ飛び込んだ。室内にいた六人は一斉に動いてバルロイを迎え撃たんとした。瞬間、槍が遠大な半円を描いた。「突くばかりじゃなく、薙ぎ払うのも槍の特技。見誤りやしたね?」三人の剣奴が内蔵をぶちまける。

生き残った二人の剣奴が迫る。一人がバルロイの懐に入り込んだがバルロイの左拳が顔面を捉え、もう一人は二本の指が顔面へと突き刺さり、槍で喉笛を砕かれる。これで残りは一人。バルロイではなく倒れたジョラーへ駆け寄った男。「ーーやれ、ガイウス!!」プリシラの後ろに立ったマイルズが叫んだ瞬間、部屋の天井が砕かれ、そこから伸びる翼竜の頭が男の頭に食らいついた。そして天井から流れ落ちる大量の血が真下にいたジョラーに浴びせられた。

「大義であった。じゃが…」「ここにいるのがこれで全部、首魁ってのは?」首魁の男ウビルクは見当たらない。どうやらウビルクはこの場を離れた、否、島主の部屋だけではない。「あるいは、島そのものから逃れたか」「けど跳ね橋は上がったままなんですぜ」「容易い手法ではないが、転移という可能性もある。離れた場所へ瞬時に飛ぶ魔法じゃ。帝都の皇帝の間にも、似たような仕掛けが隠されておるぞ」「うわぁ、知ってるだけで殺されそうな情報」

形勢の変化

「プリシラ?あの、ここに長いは危ないような…」「既に大勢は決した。あとは剣奴共が己の足場を決めるだけよ。跳ね橋も下ろす方法はいくらでもある。今はこの風を聞くのが心地よい」ギヌンハイブの各所から聞こえる剣戟。中でもとりわけ大きなものは上がった跳ね橋の手前から聞こえてくる。豪風と轟音に紛れ、必死で抵抗する小鼠のようなささやかな音が。しかしーー「窮鼠は毒を持つともいう。はたして喰われるのはどちらじゃろうな?」

アラキアの参戦により、ホーネット戦の形勢は大きく変わった。アラキアの死にも気を配らなくてはならなくなった分、アルの頭の中はスパークする思考に陥った。「癖も何も知らねぇ奴と連携なんてできるか!」「合わせて…」「そんな器用じゃねぇ!」精霊喰らいなんて特殊すぎて合わせるシミュレーションをしたことがない。

四肢を地面につき、牙を利用する戦いぶりは獣じみていたが、未完成の美しい少女であるアラキアがするとひどく背徳的な淫靡さがあった。相手が両腕を欠損した美女というのもその印象に拍車をかける。「ーーっ、ドーナァ!」ホーネットは死角からの攻撃にも危なげなく対処、しかし、戦いの合間に割って入る小技にはうんざりした様子で「ちょっと困り物ねん」ホーネットは両腕の大剣を石畳に突き刺す。床が崩壊する。不意に足場がなくなり、アルとアラキアも崩壊に巻き込まれる。跳ね橋の前から島の最深部へと落ちていく。為す術もなく落ちるアルの体をアラキアが確保、姿勢が制御される。「…た、助かった」「へーき。でも助かってない。まだこれから」「これでもうちょっと広く戦えるわねん」

試行回数

「…足下を小技で攻めると、六割近くお前は地面をぶっ壊す」「ーー?なんですってん?」「床が壊れた場合、落っこちるオレを嬢ちゃんは百パー助ける。義理堅ぇ話だ。ーー剣舞の始動に合わせて突いた場合、頭を潰される。見守ってたら剣風でバラバラ、逃げようとしても嬢ちゃんと噛み合わないで死ぬパターンが七割強」「ーーー」「試行回数七百十三回。今夜オレはお前に七百十三回殺された」「いや最初の闘技場の戦いを入れたら七百九十二回だ」

押し黙ったホーネットはアルの説明を静かに聞いている。ホーネットにはこれが脅しや妄想語りでないことがわかっているのだ。ならばーー「お前にも見えてるか?オレに付きまとってる死神が」「…見えないしん、意味もわからないわん。アタシは一度もアルちゃんを殺せてないものん。でもーー」「アタシが八百回ぐらいアルちゃんを殺してるだなんてん、夢のある話だわん」

軽く姿勢を前に傾ける。ホーネットの致命必死の剣舞を始める前段階だ。あれが繰り出された場合、様々なパターンがあるが、今のところ全部の末路が死で決着している。それを防ぐためにも「さ、無駄話はおしまいよん。アルちゃん、構えなさいなん」「無駄話なんてしねぇよ」「ーー?」「オレがするのは全部。必要な時間稼ぎさ」ホーネットが眉を顰めーー効果が現れる。

「あ…?」掠れた声をこぼしてホーネットがその場に膝をつく。その目が充血し呼吸が明らかに早くなる。「昔の漫画で仕入れた知識だが…人間を一番殺した武器ってのは毒らしい」「あ、く…毒…?どこ、で…」「ここで調達したんだよ。ーーこの死体保管所で」その死体の中にアルの目的の死体があった。

毒の正体

「こないだオレが殺した毒手の全身猛毒に浸した毒人間だよ。その死体を嬢ちゃんに頼んで燃やしてもらった」「…毒の煙は風で送ってる。あなたはそれを吸った」顔に血管を浮かび上がらせ、目を見開いたホーネットの上体が床に落ちた。「毒が効いてくれてホッとしたぜ。これでしくじったら、勝ち筋があと十個もなかったところだ。どれが通用するかなんてわかったもんじゃねぇし」

「ま、ちなさい、よん…こん、な…アタシを、毒で、卑怯…」「卑怯とか勘弁してくれ。剣奴孤島で生き残るのに正道も邪道もねぇだろ?それともそんなことも知らなかったのかよ。『新入り』」自分の実力で全てをねじ伏せてきたホーネットは勘違いしていたらしい。強いモノではなく、勝ったモノが勝者なのだと。

「アタシ、を…トドメ…」「せめてトドメを刺せって?気持ちはわかるんだがよ…」「近付いたら最後っ屁で何されるかわからねぇ。ここでお前が死ぬのを待つよ」芋虫のように這うホーネットから一歩距離をとった。アルの後退に絶望が広がるホーネットを見ながらアルは右手を武器から解放する。そして頭を掻きながら「だから言ったろ、ホーネット。ーーオレとやってもつまらねぇってさ」

ーー跳ね橋が下ろされ、対岸から援軍が乗り込んだ時点で勝敗は決した。九神将含めた援軍の仕事は残党処理に過ぎなかった。「アラキアよぉ、爺様は許さんぜ、こんな怪しい風体の年増男。お前さんとどんだけ歳離れてんだよ、どうせ世話できなくなって殺すだけじゃってホント」「…何の話?」

銀髪の命

「かかかっか!ジジイ特有の話通じないやつじゃって、笑えね?笑えんか。そうじゃな、ジジイがやるとシャレにならんわな。ワシ、失敗失敗」と笑ったのは小柄な老人オルバルト・ダンクルケンだ。九神将の『参』と名乗った老人の前に引っ張り出されたアルは困惑していた。

「で、お前さんがやってくれたわけじゃろ跳ね橋。助かった。なんせさっさと片付けんとワシが閣下にぶっ殺されるとこじゃったから」などと言う老人の実力があれほど試行錯誤して切り抜けたホーネットよりも上であるとアルの本能が必死で訴えていた。ホーネットは間違いなく、アルの人生で遭遇した中で三番目か四番目の強さだったがその順位が早くも変動した。

「世界は広いぜ…オレは、この島だけで十分だってのに」「欲のねえ話じゃな、オイ。若人ってほど若くねえが、ワシから見りゃどんな奴でも大抵は若えのよ。その観点から言やぁ、若ぇやつは夢見るもんじゃぜ?」「…夢ならもういい夢見たよ」そうしてアルはアラキアを見て、その頭に手を伸ばすと銀髪を撫でた。

「銀髪の美少女の命を守った。ーーオレが人生全部でやんなきゃいけなかったことだ」「おいおい本気かよ。アラキはやれんぜ、夢見すぎじゃからそれ」「いや、親愛と異性愛は別物だから。オレ、銀髪だけは絶対無理」それからアラキアは「このブ男、どうなる?」「他意のない罵倒がオレの胸に突き刺さる…」「あー、どうもしねえよ?褒章がほしければワシの権限でくれてやってもいいし、こっから出てえならその働きはしたじゃろうけど」「ああ、何にもいらねぇよ。オレはこっから出ていくつもりはねぇ。強いて言うならこの島がなくならないでくれるのが一番だ」

百点満点の返し

「おれについちゃ心配いらんじゃろ。帝国は極悪人に事欠かんし、今回のことで犯罪人は山程出た。減った分はすーぐ補充される」そのままオルバルトが背を向けるとアラキアも続こうとする。「ーーありがと」足を止めたアラキアが首だけ振り向いてそう言った。

それを聞いて「ユーアーウェルカム」「…何言ってるのかわからない」「その返しで百点満点だ。見てくれ、サブイボがすごい。…長生きしろよ」アラキアはこくりと頷いて、今度こそオルバルトの背を追った。

剣奴孤島の騒動は収束し、ホーネット含めた顔見知りが大勢いなくなった。ただ、聞いた話だと主犯のウビルクは消息不明らしいし、事はギヌンハイブだけでなく、帝国全土を巻き込んだ皇帝暗殺の一手だったというから驚きだ。まぁ、皇帝の首は落ちなかったし、ウビルクは魚の餌になったと思っておく。それが誰の運命にも介入する資格のないグズで間抜けな落人の定めだ。

「ああ、でもアラキア嬢ちゃんの運命は変えちまったかもな」結果、生き延びたアラキアが誰かと結ばれ子供を作り、子孫繁栄によって新たな命脈が築かれていけば世界は大きな変革を迎えるのかもしれない。それはそれでアルが残した世界に対する爪痕の一環と言えるだろうか。

「なんて話したら、さぞかし先生にどやされそうなもんだが…」頭を掻きながらアルは剣奴孤島の最深部へ戻ろうとする。誰がいなくなってもここがアルの居場所だ。アルが存在することを許される、爪弾きにされたモノたちの楽園だ。

貸し借り

「…首なしの兵隊か」ふと、伝声管越しに聞こえた少女の言葉がアルの脳裏に蘇った。何も考えずに武装蜂起に乗った剣奴たちを指した蔑称だったが、アルも似たようなものだ。その愚か者たちに頭を取り返せとは。「残酷な女もいたもんだ」せめて、自分とあの傲岸な声の主の人生が交わらぬことを望みながら。

「此度の誘い、それなりに楽しめた、夫に代わって礼を言っておこう」と、ペンダルトン邸の応接間で来客を迎え、プリシラが言い放つ。その正面にはセリーナ・ドラクロイ。「そう言ってもらえると誘った手前こちらの胸も傷まずに済む。それで奥方?肝心の夫の姿はどちらに?」「あれ以来、数日伏せっておる。刺激が過ぎたらしい。軟弱なものよ」「マイルズ達からも聞いた話が事実なら、中級伯の反応も致し方あるまい。…しかし奥方には借りができたな」

灼熱公らしからぬ殊勝な物言いだったが、プリシラは笑わない。客観的に見れば、セリーナの名を騙り、庇ったように思える。だが実態はそんなものではなく、当事者である二人にはしっかりわかっていた。その上でただの身代わりに留まらない成果を出したプリシラをセリーナは高く評価していた。その確認の為の儀式のようなものだ。

「私は貸し借りが好きではない。早々に返したいところだが、欲しいものはあるか?部下はやれないが」「何度も言わせるな。あれらを妾がほしいと思えば貴様の許可など取らぬ。貴様の部下の方からすり寄るようにするであろうよ」「そうか、それも怖い…では、このまま借りは残したままか」「今しばらくは、な」「いずれこの貸しは返してもらう。そのときを楽しみに待つがいい」

再会

「ーー受け取れアルデバラン」「だからその名前で呼ぶなっつの」形だけの手枷を外され、代わりに渡される青龍刀を受け取りながら応じる。お決まりのやり取りだが、アルが珍しく心を許せた人物ではなく、死んだ彼に代わってアルについた嫌味な看守だった。

対面の通路からゆっくりと今日の死合いの相手が現れ、アルは目を丸くした。「ガジートか。なんだ、お前も生きてたのかよ。てっきり死んだと思ってたぜ」「俺も死んだと思ったさ。だが、何の因果か生き残った。…今日、俺とお前のどっちかが死ぬってのも因果なもんだ」「恨みっこなしでいこうや、ガジート」「…だな。結局、俺たちは死ぬまで剣奴だ。ホーネットも死ぬ。俺たちも死ぬ。」「ーーー」

曲刀を構えるガジートを前にアルは最後の言葉には青龍刀を構えることで応える。誰もが死ぬ。みんな死ぬ。それは避けられない。ーーアル以外には。「少なくとも、今はな」観衆の熱が高まり、銅鑼の音と共に戦いの始まりが宣告される。

身を低くしたガジートが突っ込んでくるのを見ながらアルは前に踏み込んだ。首を刎ねられる。その前に首を刎ねる。いつものことだ。ただーー、「ーー星が悪かったのさ」

「赫炎の剣狼」解説・考察

人生二周目?

まずはこの言葉。

「まさか、自分が世界最強と思ってるわけじゃねぇだろ?俺の知る限り世界最強の生物は今、ルグニカ王国でランドセル背負ってる頃だぜ」

これは明らかにラインハルトのことです。そしておかしなことに気付きますよね?なぜ小さいラインハルトが世界最強だと知っているんでしょうか?

ここから考えられるのは、既にラインハルトが最強だった時の未来を知っているということです。つまりアルがスバルだとして、最低でも2周目以上の人生を歩んでいるのではないでしょうか。

となれば、1週目で経験したスバルの未来を諦め、2週目では『誰がいなくなってもここがアルの居場所だ。アルが存在することを許される、爪弾きにされたモノたちの楽園だ』と今回説明されていたように、剣奴孤島を自分の居場所として選んだということでしょう。

死に戻りのペナルティなし?

次はこの言葉。

「試行回数七百十三回。今夜オレはお前に七百十三回殺された」「いや最初の闘技場の戦いを入れたら七百九十二回だ」

ホーネットに自分が殺された回数を伝えています。はっきりとここまで言ってしまえば、スバルであれば、死に戻りのペナルティで嫉妬の魔女が襲来するはずです。

自分が死んだことを伝えているんですから、十分に禁忌を犯しているはずです。しかしそれがない。つまりアルはスバルとは何か違うのでしょう。

「お前にも見えてるか?オレに付きまとってる死神が」

しかし、こんなことも言っています。恐らく嫉妬の魔女ではないかと思っています。ただ死に戻りのペナルティがないのにいるのかいないのかわからないんですよね。

銀髪とエミリア

次はこちら。

「銀髪の美少女の命を守った。ーーオレが人生全部でやんなきゃいけなかったことだ」

「ユーアーウェルカム」「…何言ってるのかわからない」「その返しで百点満点だ。見てくれ、サブイボがすごい。…長生きしろよ」

まず最初の言葉は、銀髪であるエミリアもしくはサテラを守らなければいけなかった。そして後半は完全にエミリアです。スバルとエミリアのよくあるやり取りの「ちょっと何言っているかわかんない」ですよね。

そしてアラキアの言葉に「その返しで百点満点だ」と言っていることから、明らかにエミリアを指しています。しかし、これだけ拘ったエミリアに対しても今回のアルの人生は、エミリアに対してほとんど執着していないですし「嬢ちゃん」なんてまだ他人行儀な呼び方をしています。

今はプリシラを好きなのはわかりますが、エミリアに対してどうも執着しなさすぎな気がするので、少し変に思えます。

アルの先生とは

次はこちら。

『生き延びたアラキアが誰かと結ばれ子供を作り、子孫繁栄によって新たな命脈が築かれていけば世界は大きな変革を迎えるのかもしれない。それはそれでアルが残した世界に対する爪痕の一環と言えるだろうか』

「なんて話したら、さぞかし先生にどやされそうなもんだが…」

というアラキアの人生を変えたかもしれない事を想像するとこの発言をしました。本当の学校の先生に例えた言葉というのも一理ありますが、僕はそうは感じません。

この話の流れから本当に『先生』なる存在がいるのではないかと思われます。これまで先生と呼ばれるような人物ですが、

・ロズワールが先生と呼ぶエキドナ
・実際のスバルの師匠であるクリンド

しかしこの二人を考えても何か違う気がします。それに『アルが残した世界に対する爪痕の一環』ということに対しての『先生にどやされる』なので、これに当てはまる人物はなかなか想像つきません。誰なんでしょうか…

ウビルクと7章の黒幕

反乱の首謀者であるウビルクですが、消息不明になりました。そしてプリシラは転移魔法によって逃げたのではないかという可能性も出しました。ちなみに7章でヴィンセントが外へ逃げ出せたのも皇帝の間にあるという転移魔法だったかもしれませんね。

ウビルクは魔眼族であり、今回の反乱をそれによって扇動しました。そしてその最終目的が皇帝の暗殺でした。つまりヴィンセントの暗殺です。そして今回のプリシラの予想では、ヴィンセントの近くを手薄にするために、剣奴孤島以外の複数箇所で同時に九神将が出陣しなくてはいけない出来事が起こっていたようです。

そして7章では、ヴィンセントは宰相ベルステツに寝返った九神将が相手となり、皇帝の座を追われました。僕はウビルクが裏にいるのではないかと思っています。そのための今回の赫炎の剣狼だと思っています。

7章もウビルクの魔眼によって反逆させたのではないかということです。これなら九神将が寝返ったことにも説明がつきますし、ヴィンセント暗殺という目的も頷けます。7章ではアルやプリシラとウビルクは再会するのではないかと見ています。

精霊喰らいアラキア

そしてプリシラと同年代のアラキア。EX4での左の画像の格好もそうですが、これがアルの前では完全に裸でしたからね。

尻尾や耳もあることから、犬系の亜人だと思いますが、精霊を喰らってその力を発揮できます。ただ、消化するまでということで恐らく一度食べたものを永遠に使えるというものではないようです。それにしても風になって姿が消えたり、水になって水中を移動できたりと物凄いですよね。

ちなみに『選帝の儀』では、四大精霊『石塊ムスペル』を喰って、プリシラやヴィンセント共々まとめて葬ろうとされた『魔石砲』をその力で打ち消しました。四大精霊が消化されるのかわかりませんが、ムスペルのその後が気になります。

また、プリシラと別れなければいけなくなったのが『選帝の儀』なので、恐らくこの時の魔石砲を相殺した後遺症で、左目が見えなくなったのではないかと思います。アルとの会話でも後悔を感じさせていたので。

セリーナ・ドラクロイ上級伯

そして今回登場したセリーナ・ドラクロイですが、この時のプリシラの夫のジョラーよりも階級が上の上級伯です。そして、マイルズとバルロイを従えていました。

左の画像の特典SSは、7章への話で、プリシラが5章のプリステラから帰宅すると帝国からの刺客が送られてきました。そしてそれは、死んだはずのプリスカがプリシラとして生きていると帝国にバレたから問題になっていると自覚します。

そこで、自ら帝国に乗り込もうとするも、数ヶ月前から帝国への行き来は禁止になっているので、プリステラの脇を流れるヴォラキアまで通じるティグラシー大河を通って、船で進もうとします。

しかしそんな中、河賊に襲われます。しかしそれは、セリーナ・ドラクロイの私兵であり、わざと拉致され消息を絶ったとして、ヴォラキアへ潜入を手助けする方法でした。

セリーナは今回の赫炎の剣狼で、自らプリシラはセリーナだと名乗り身代わりになった為に、そこから恩義を感じていたのでしょう。そして特典SSの内容でプリシラのヴォラキア入国を手助けしたという流れです。

プリシラの正体

そしてプリシラの正体ですが、外伝の『紅蓮の残影』などでも明かされていますが、先代皇帝の子供の一人でありプリスカ・ベネディクトという名前でした。

『選帝の儀』でヴィンセントに負けています。そして死ぬはずだったのですが、ヴィンセントはアラキアとの約束でプリシラを生かす代わりに毒を飲み、プリシラがそれを吸い取るように誘導しました。その後プリシラは生き延び、プリシラというプリスカ時代に影武者をしていた一人に成り代わります。

プリシラは赫炎の剣狼では12,3歳ですがこの威厳。そしてアラキアは選定の儀まではプリシラのいつもそばにいた人物です。アラキアがアルと話していた時に言った「姫様」とはプリシラのことです。

そして使おうと思えば、この時点でもプリシラは陽剣を出して使うことができます。

九神将の『参』オルバルト

そして今回九神将の参だと判明したオルバルト・ダンクルケン。90歳を越えた老齢ですが、結局今回はどんな戦いをするのかはわかりませんでした。そしてなんとアルの本能がホーネットより強いという判断でした。そしてトッドと同じ『ワシ、失敗失敗』という口癖ですが、もしかするとオルバルトはトッドの師匠的存在なのか、おじいちゃんという線があるかもしれません。

また、オルバルトは老齢であっても今も生きているはずです。わざわざここで出して、戦闘もさせていないキャラなので本編で出てくるはずです。ということで現在の九神将は以下です。

壱:セシルス・セグムント
弐:アラキア
参:オルバルト・ダンクルケン
肆:チシャ・ゴールド
伍:不明
陸:グルービー・ガムレット
漆:不明
捌:モグロ・ハガネ
玖:不明(バルロイ・テメグリフ死亡)
階級不明:ゴズ・ラルフォン

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